フィリピンの公用語は「フィリピノ語(Filipino)」と「英語」憲法でも正式に定められた二言語体制の国です。
アジアの中で英語を公用語として使う国はフィリピンだけ。
なぜこの国だけが英語を自国の言葉として受け入れているのでしょうか?
その答えは、フィリピンの波乱に満ちた歴史に隠されています。
目次
スペイン統治の時代|宗教とカトリックの支配

16世紀、スペインがフィリピン諸島を植民地化。約300年もの間、スペインの支配が続きました。
この時代、カトリック教会が国中に建てられ、宗教とともにスペイン語も広まりました。
しかし、スペイン語を話せたのは上流階級や司祭、役人などごく一部。
多くの庶民は地方言語(タガログ語、ビサヤ語、イロカノ語など)を使い続けていました。
このため、「国民全体の共通言語」が存在しないまま19世紀の終わりを迎えます。
アメリカ統治で英語教育が広がる

1898年、米西戦争の結果、フィリピンはアメリカの植民地となります。
ここからフィリピン社会は大きく変わりました。
アメリカは全国に公立学校を建設し、教育の標準言語を英語に設定。
1901年には「トマス派遣団(Thomasites)」と呼ばれるアメリカ人教師約500人が来比し、フィリピン中で英語教育を行いました。
その結果、英語は短期間で教育・政府・司法・メディアなどあらゆる場面に浸透。
英語は単なる言葉ではなく、「近代化の象徴」としてフィリピン人に受け入れられていったのです。
独立後も英語を使用した理由は?
1946年、フィリピンはアメリカから独立しました。しかし、独立後も英語を公用語として残す決定を下します。その背景にはいくつかの現実的な理由がありました。
1. 多言語国家ゆえの共通言語としての役割
フィリピンでは170以上の言語が話されており、地域ごとにまったく異なる言語体系を持ちます。そのため、「中立的で共通の言語」として英語が最も機能的だったのです。
2. 教育と国際競争力
アメリカ型教育制度の継続とともに、英語教育が国の発展に役立つと考えられました。
実際、現在のフィリピン人は高い英語力を持ち、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)産業などで世界的に活躍しています。
3. アメリカとの強い関係
政治・経済・軍事においてアメリカとの関係を維持するため、英語は外交的にも重要な要素でした。
英語を話せるフィリピン人の割合
フィリピンは憲法上の公用語に英語を定めており、教育制度も英語中心です。
しかし「英語が話せる」というレベルには幅があります。
- 日常会話レベルで英語を使える人:人口の約60〜70%
- 流暢に英語を話せる人:人口の約20〜30%
- 英語で公的文書や仕事をこなせる人(ビジネスレベル)人口の約10〜15%
都市部(マニラ、セブ、ダバオなど)では英語使用率が高く、地方や農村部ではタガログ語や地方言語のみしか話せない人もいます。
マニラ、セブに観光や駐在で渡航した場合、ほぼ全ての人と英語で会話が可能です。
都市部の企業・多国籍企業の英語の使用率
大企業やIT/BPO(コールセンター、ソフトウェア開発など)では英語は必須条件です。
英語ができない場合、応募自体が難しい職種が多いです。
面接や書類は全て英語で行われることが一般的です。
公務員・教育職の英語の使用率
英語力はある程度求められるものの、地方政府や小学校などではタガログ語や地方言語でも勤務可能です。ただし国立大学や英語で授業を行う学校では英語必須です。
一般のサービス業・地元ビジネスの英語の使用率
地元密着型の商店や農業、地方の小規模企業では必ずしも英語は必要ありません。
ただし観光業や国際的な取引がある場合は英語は有利です。
フィリピノ語(タガログ語)とは何か?
フィリピノ語は、タガログ語を基盤にしながらも全国の言語から語彙を取り入れた「標準語」です。1987年憲法で正式に“Filipino”と名付けられました。
ただし、実際には首都マニラ周辺のタガログ語が中心で、地方の人々からは「実質タガログ語では?」という声もあります。この「言語アイデンティティの多様性」も、フィリピン文化の一部です。
英語とフィリピノ語が共に生きるフィリピン社会。
それは単なる言語の共存ではなく、歴史と柔軟性の象徴でもあります。
外から与えられた英語を自分たちの文化に取り込み、
自国語と並べて使いこなすそのスタイルは、まさに「多様性を力に変える国」そのもの。
フィリピンの言葉の歴史をたどると、そこには「支配された国」ではなく、
外の文化を吸収し、自分たちの形に変えた国民の強さが見えてきます。
フィリピンに行くなら何語を使えばいいのか?
フィリピン旅行や出張で気になるのは、やっぱり現地で何語を話せばいいかですよね。
結論から言うと、都市部と地方では少し使う言語を変えるのがコツです。
都市部では英語でほぼ困らない
マニラ、セブ、ダバオなどの都市部に足を踏み入れれば、まず安心。
ホテルのフロント、タクシー、カフェ、銀行、役所、ほとんどの場面で英語が通じます。
実際、空港の案内もメニューも英語表記が標準。
さらに、ビジネスの現場では英語はほぼマストです。
「英語を話せるかどうか」で、仕事の幅やスムーズさに差が出ることも。
ただ、ちょっとした挨拶やお礼をタガログ語で一言添えるだけで、現地の人に親しみやすさをアピールできます。
• ありがとう → Salamat(サラマット)
• こんにちは → Kamusta(カムスタ)
地方や田舎ではタガログ語+地方言語が便利
島や山間部、地方都市では事情が少し変わります。
英語は若い世代や観光地では通じますが、年配の方やローカルマーケットでは通じないこともあります。
そんなときは、タガログ語の基本フレーズやジェスチャーが大活躍。
• トイレはどこですか? → Saan ang banyo? (サアン アン バンニョ?)
• いくらですか? → Magkano? (マッカーノ?)
さらに、地方ごとに話される方言(セブアノ語、イロカノ語など)を少し覚えておくと、より喜ばれます。
フィリピン現地で使える必須フレーズ集!
1. 旅行・観光で使う英語+タガログ語フレーズ
シーン | 英語 | タガログ語 |
---|---|---|
こんにちは | Hello | Kamusta(カムスタ) |
ありがとう | Thank you | Salamat(サラマット) |
すみません/ごめんなさい | Excuse me / Sorry | Pasensya / Paumanhin(パセンシャ / パウマニン) |
トイレはどこですか? | Where is the restroom? | Saan ang banyo?(サアン・アン・バニョ?) |
いくらですか? | How much is this? | Magkano ito?(マグカノ・イト?) |
助けてください | Please help me | tulong po(トゥロン・ポ) |
2. ビジネス・オフィスで役立つフレーズ
シーン | 英語 | タガログ語 |
---|---|---|
お世話になります | Nice to meet you / Thank you | Salamat po(サラマット・ポ) |
会議を始めましょう | Let’s start the meeting | Simulan natin ang meeting(シムラン・ナティン・アン・ミーティング) |
ご確認ください | Please check / review | Paki-check po(パキ・チェック ポ) |
承知しました | Understood / Noted | Naiintindihan po(ナイインティンディハン・ポ) |
締め切りはいつですか? | When is the deadline? | Kailan ang deadline?(カイラン・アン・デッドライン?) |
3. 日常生活・買い物で便利なフレーズ
シーン | 英語 | タガログ語 |
---|---|---|
これをください | I’d like this | Gusto ko ito(グスト・コ・イト) |
もう少し安くなりますか? | Can you give me a discount? | Puwede bang tumawad?(プウェデ・バン・トゥマワッド?) |
美味しいです | Delicious | Masarap(マサラップ) |
道に迷いました | I’m lost | Naliligaw po ako(ナリリガウ・ポ・アコ) |
タクシーに乗りたいです | I want to take a taxi | Gusto ko sumakay ng taxi(グスト・コ・スマカイ・ナン・タクシー) |
都市部では英語で十分ですが、少しタガログ語を使うだけで現地の人に親近感を持たれます。地方ではタガログ語や方言、ジェスチャーも組み合わせると安心です。
タガログ語をうまく発音するコツは?
ここでは、フィリピン国籍も持っている筆者がタガログ語を上手に話せるコツを紹介します。
アルファベットはほぼそのまま読む
タガログ語はラテン文字を使い、ほぼ日本語読みで大丈夫です。
• Salamat → 「サラマット」
• Kamusta → 「カムスタ」
「c」「q」「x」はあまり出てこず、発音に迷うことは少ないです。
母音は日本語と同じ発音
タガログ語の母音は日本語とほぼ同じです。
a = 「ア」
e = 「エ」
i = 「イ」
o = 「オ」
u = 「ウ」
→ つまり「Salamat」は「サ・ラ・マ・ット」と読むだけでほぼ正解。
「R」は舌を軽く震わせる
日本語の「ラ行」と似ていますが、軽く舌を震わせると自然です。
「ng」は鼻音でつなぐ
「ng」は日本語にない音ですが、鼻に抜ける音を意識するとOK。
• Magkano → 「マグカノ」
• Paki-tulungan → 「パキトゥルンガン」
鼻に抜ける感覚で「ン」を軽く添えるイメージです。
タガログ語は日本語話者にとても発音しやすい言語です。
母音を日本語のように読む、強勢を意識しすぎない、鼻音を軽く意識するだけで、かなり自然に聞こえます。
現地で少しでも声に出すと、地元の人からの好印象もアップします。
まとめ

英語を話すアジアの国そう聞くと、どこか不思議に感じるかもしれません。
けれども、フィリピンの人々にとって英語は「外の言葉」ではなく、
自分たちの文化と共に生きるもうひとつの母語です。
歴史が与えた言葉を、フィリピンの人々は自分たちの力で磨き、生活の中に根づかせました。
その姿はまるで、他の文化を受け入れながら自分を失わない強さそのもの。
フィリピンの公用語には、過去を乗り越えて前に進むこの国の物語が刻まれています。